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令和の今はどうしてる?80年代に憧れたトップアイドルたち

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Ami Ciccone

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May 3, 2021

松本伊代 ー1965年生まれ

大ヒット曲「センチメンタルジャーニー」で、日本レコード大賞新人賞を受賞した松本伊代。1981年のデビューと同時に、この曲でいきなりトップアイドルまで上り詰めた彼女は、その証としてゴールデン・アイドル賞も受賞しています。天然で明るいキャラクターがバラエティ番組でも受け、90年代から今まで、バラドル、そしてママドルとして活躍。1993年に結婚したタレントのヒロミとの仲良しエピソードでも知られています。

 

岩崎良美 ー1961年生まれ

世代を超えて愛されるアニメ「タッチ」の主題歌で知られる岩崎良美。デビューは1980年で、「あなた色のマノン」で日本レコード大賞新人賞を受賞。実の姉で歌手の岩崎宏美と同時に、NHK紅白歌合戦にも出場しています。歌手活動から距離を置き、女優として活躍していた時期もありましたが、歌の魅力にもう一度気づいたという彼女。現在はコンサートやミュージカル、アルバム制作など、再び歌手として活躍中です。

 

堀ちえみ ー1967年生まれ

7人の子供を持ち、大家族のママタレとしてバラエティや情報番組、トーク番組などで引っ張りだこの堀ちえみ。1982年、アイドル黄金期にデビューした彼女は、主演を務めたドラマ「スチュワーデス物語」で大ブレイクしました。20歳の時に突然芸能界引退を発表しましたが、2年後に活動再開。その後2019年に口腔ガンの治療で約1年休業し、現在は歌手活動復帰のために、精力的にリハビリに取り組んでるそうです。

 

松本明子 ー1966年生まれ

オーディション番組「スター誕生!」で合格し、1983年にアイドル歌手デビューした松本明子ですが、なかなか芽が出ず。そんな時、中山秀征のアドバイスでバラエティ番組の場へ活動を移すことに。エネルギッシュでチャーミングな性格を活かし、「電波少年」などの人気番組でバラドルの第一人者として大活躍。モノマネも得意とし、「女四天王」とも呼ばれました。今もベテランタレントとして様々な分野で 活躍中です。

 

三田寛子 ー1966年生まれ

 

「花の82年組」の一人として、アイドルデビューした三田寛子。デビューのきっかけは「セブンティーン」の読者モデルコンテストでの合格でした。主に女優として人気を博した彼女は、「ニューヨーク恋物語」を始めとする数々の作品に出演。さらに、「笑っていいとも!」でお茶の間の人気者になります。現在は「梨園の妻」として、タレント活動を続けながら、歌舞伎役者の中村芝翫や子供達を支えています。

 

早見優 ー1966年生まれ

帰国子女アイドルの草分け的存在である早見優は、子供時代の約10年間アメリカで育ちました。今も英語力を活かした仕事を受けることも多いようです。アイドル豊作の時代だった「花の82年組」デビューの彼女。ハワイ育ちで小麦色の肌を持つ彼女のシングル「夏色のナンシー」は、まさに彼女にぴったりのイメージで、大ヒットとなりました。現在も、アイドルの同期たちとユニットを組んだりと、歌手活動を継続中です。

 

磯野貴理子 ー1964年生まれ

あまり知られていませんが、お笑いアイドルユニット「チャイルズ」の一員としてアイドル活動をしていた磯野貴理子。1987年から1年半ほど、チャイルズとして「笑っていいとも!」のいいとも青年隊も担っていました。チャイルズ解散後は女優業及びテレビ番組のレポーターやタレントに転身し、今では多くのレギュラー番組を持つ大ベテラン。「はやく起きた朝は…」のメンバーと組んで、音楽活動もしています。

 

相原勇 ー1967年生まれ

アイドル相原勇といえば、ミュージカル「ピーターパン」。初代ピーターパンの榊原郁恵に憧れ、ピーターパンを演じるためだけに芸能界入りを決意したそう。夢は叶い、見事に3年間もピーターパン役を演じ続けました。1986年にアイドルデビューしている彼女ですが、実はおニャン子クラブからもオファーをもらっていたとか。現在芸能活動はほぼ休止中で、ハワイにてツアーガイドとしてお仕事をされているようです。

中森明菜 ー1965年生まれ

「花の82年組」の中でも突出した人気を誇った中森明菜。当時人気を二分した松田聖子とはまったく違うスタイルで、大人びたツッパリ系の雰囲気が魅力でした。「DESIREー情熱ー」「ミ・アモーレ」では日本レコード大賞で大賞を受賞し、アイドルから日本を代表する歌姫へと成長しました。2010年に、体調不良を理由に無期限活動中止を発表しましたが、2014年から復帰し、音楽制作を主に活動しています。

松田聖子 ー1962年生まれ

中森明菜と人気を二分した、80年代の伝説的アイドル・松田聖子。可愛らしい「ぶりっ子」の仕草や、ザ・アイドルらしいパフォーマンスはファンの心をつかみ、トレードマークの「聖子ちゃんカット」を真似する女性が続出。歌手としての実力も高く、ヒットした楽曲は数え切れないほど。アラフィフに突入した今でもその人気は衰えを知らず、近年は海外にも進出。まさに「永遠のアイドル」と言えるでしょう。

河合奈保子 ー1963年生まれ

西城秀樹の事務所が主催したコンテストで勝ち抜き、1980年に「西城秀樹の妹」というキャッチコピーでデビューした河合奈保子。「スマイル・フォー・ミー」で紅白歌合戦に出場を果たし、人気アイドルとして活躍します。そんな中、自分の楽曲の作詞作曲に挑戦するようになり、多くのヒット曲を手がける作曲家として活躍。しかし、結婚を機に芸能活動停止し、今はオーストラリア在住だということです。
います。

 
 

山瀬まみ ー1969年

1985年に「ホリプロスカウトキャラバン」で優勝し、翌年アイドル歌手デビューを果たした山瀬まみ。歌手としての人気はイマイチでしたが、トークの面白さと人懐っこいキャラクターでバラエティ番組で人気が爆発。バラドルとして「笑っていいとも!」や「天才!志村どうぶつ園」、情報番組などに出演。「新婚さんいらっしゃい」など、10年以上の長寿番組のMCやアシスタントの仕事も多く、安定した人気がうかがえます。

 

井森美幸 ー1968年

50代に突入しても未だに若々しい美貌を誇る井森美幸。結婚できないキャラとしてイジられてはいますが、そんな時も明るく笑い飛ばす姿は好感度抜群。1985年にデビューした時のキャッチフレーズ「まだ誰のものでもありません」は今でもネタに使うほど。バラドルの草分けとして、そのトーク力とバラエティ向けのキャラクターはテレビで重宝され、見かけない日はないほど。基本的にNGの仕事はないそうですよ。

 

森口博子 ー1968年生まれ

元祖バラエティアイドルの一人として活躍し、現在もタレントとして多くの番組に出演する森口博子。人気番組「笑っていいとも!」では、約8年レギュラー出演していました。元はアイドル歌手としてデビューし、1985年のアニメ「機動戦士Zガンダム」で主題歌を担当。歌手としてはこの曲が唯一で最大のヒットでした。最近ではガンダムに関連したカバーアルバムを連続してリリースし、好セールスを記録しています。

 

 

工藤静香 ー1970年生まれ

「女性アイドル四天王」と呼ばれ、80年代のトップアイドルの一人として君臨した工藤静香。1984年に歌手デビューし、伝説的な人気アイドルユニット・おニャン子クラブでも中心的な存在でした。ソロデビュー後は女優業でも活躍しながら、「恋一夜」「黄砂に吹かれて」などでオリコンランキング1位を連続で記録。俳優・木村拓哉と結婚し二人の娘に恵まれた後は、画家やデザイナーとしても才能を発揮しています。

 

斉藤由貴 ー1966年生まれ

1985年にデビューし、翌年に大ヒットドラマ「スケバン刑事」で主役を演じた斉藤由貴。その人気は圧倒的なものでした。アイドル歌手としての評価も高く、デビュー30周年記念のコンサートのチケットにはプレミアがつきました。しかし、彼女の真骨頂はその演技力で、アイドル時代から女優として大活躍。特に近年は、成熟した魅力でドラマ「ミス・シャーロック」や映画「最後の晩餐」に出演、賞を総ナメにしています。

 

大西結花 ー1968年生まれ

1984年にドラマ「家族の晩餐」でデビューし、2年後、人気シリーズ「スケバン刑事Ⅲ少女忍法伝奇」に出演した大西結花。主人公(浅香唯)の姉役で一躍有名になりました。以降は、ソロ歌手としてはもちろん、スケバン刑事の「風間三姉妹」としても楽曲をリリースし、人気アイドルとしての地位を確立。女優業の多くなった90年代以降は、時代劇やサスペンスドラマ、舞台に出演し、2012年に一般男性と結婚して
うです。

 

 

芳本美代子 ー1969年生まれ

1985年にアイドル歌手デビューした芳本美代子。デビュー当時は錚々たる顔ぶれの同期ばかりで苦戦を強いられましたが、舞台「阿国」で演技を評価され、ゴールデン・アロー賞新人賞を獲得。現在は多くのサスペンスドラマで女優としての貫禄を見せています。最近ではドラマ「マルモのおきて」や映画「コンフィデンスマン」などのヒット作にも出演。私生活では一人娘がいるほかに、2016年に一般男性と再婚しています。

 

本田美奈子 ー1967年生まれ

1985年にアイドル歌手としてデビューした本田美奈子。実力・人気と共にトップクラスだった彼女は、その年に日本武道館コンサートを開き、数々の新人賞も総ナメ

に。そして、ミュージカル「ミス・サイゴン」のキム役に選ばれた彼女は、その演技力を評価され、ゴールデン・アロー賞演劇新人賞を獲得。以降ミュージカル女優として不動の地位を築き上げました。しかし、白血病の為、38歳の若さで亡くなっています。

 

佐野量子 ー1968年生まれ

1984年に女優、翌年にアイドル歌手デビューした佐野量子。高校時代から芸能界入りを目指し、タレント養成所に通っていたところをスカウトされたそう。知名度が一気に上がったのは、バラエティ番組に出演し始めてからで、おっとりした性格や、天然な言動がファンの心をつかんだ様子。バラドルとして活躍していた最中、騎手の武豊との結婚を機に芸能界引退を決意し、1994年以降は表舞台に出ていません。

 

河合その子 ー1965年生まれ

1985年におニャン子クラブに加入し、同年にメンバーで初めてソロデビューも果たした河合その子。ソロデビューのきっかけはドラマ「スケバン刑事」の出演で、そこから世間に名前が浸透し始めます。代表曲の「青いスタスィオン」は年間シングルチャートの上位にも食い込みましたが、88年以降はテレビ出演をせず、アルバム制作やコンサートのみで活動。90年からは休業を宣言し、作曲家の後藤次利と結婚しています。

 

岩井由紀子 −1968年生まれ

1985年におニャン子クラブに入会し、数々の曲でフロントボーカルを務めた岩井由紀子。「ゆうゆ」の愛称で知られ、同じく会員の高井麻已子と結成した「うしろゆびさされ組」でも活躍します。ソロデビューも果たしますが、グループ卒業後は低迷しバラドルへ転身。1997年に結婚を発表し、現在は2児の母です。結婚と同時に引退していますが、2002年のおニャン子クラブ再結成時には、元メンバーとして参加しています。

 

高井麻已子 ー1966年生まれ

スカウトをきっかけにおニャン子クラブに入会し、1985年にデビューした高井麻已子。同メンバーの岩井由紀子と組んだ「うしろゆびさされ組」で活躍したほか、ソロデビュー曲の「シンデレラたちへの伝言」でもオリコン1位を獲得しています。しかしグループ卒業後、これからという時の1988年に、突然の結婚と引退を発

表。その結婚相手が自身のプロデューサーの秋元康だったこともあり、大きなニュースとなりました。

 

吉沢秋絵 ー1968年

1985年の大人気ドラマ「スケバン刑事Ⅱ 少女鉄仮面伝説」で歌手・女優デビューした吉沢秋絵。そのデビューの直前におニャン子クラブに入会している彼女ですが、スケバン刑事の撮影及び学業との両立が難しく、翌年に卒業しています。ソロになってからは、ドラマや「笑っていいとも!」などのバラエティに出演。しかし、1991年には芸能界から引退し、出版業界に転職しています。現在は結婚し子供もいらっしゃるそうです。

 

新田恵利 ー1968年生まれ

おニャン子クラブデビュー時での最も古いメンバーであり、デビュー曲「セーラー服を脱がさないで」でフロントボーカルの中の一人だった新田恵利。ダントツの人気を博した彼女は、ソロデビュー曲「冬のオペラグラス」でもオリコン1位を獲得しています。1996年に一般男性と結婚し、現在は作家やエッセイスト、ラジオパーソナリティとして活躍中。時々おニャン子クラブの復活イベントや、テレビで見かけることも。

 

国生さゆり ー1966年

おニャン子クラブのメンバーとして1985年にデビューした国生さゆり。目立つことのない最初の1年目でしたが、86年のソロデビュー曲「バレンタイン・キッス」の大ヒットで一気に人気上昇し、おニャン子クラブのリーダー的存在になっていきます。おニャン子卒業後、女優に転身した彼女。90年代は人気絶頂期で、数多くの作品に出演。50代の今もその美貌は変わらず、タレント・女優として芸能界の第一線で活躍しています。

 

立見里歌 ー1965年生まれ

アイドルでありながら、おバカタレントとして愛されていた立見里歌。大学時代にミスコンで優勝し、深夜番組「オールナイトフジ」に出演。85年におニャン子クラブに入ってから正式にアイドルとしてデビューします。おニャン子クラブ派生ユニット「ニャンギラス」では、音痴なことも発覚。グループ卒業後はポニーキャニオンに入社しますが、91年に寿退社しています。2017年には無添加コスメのプロデュースを始めたそう。

 

樹原亜紀 ー1969年生まれ

おニャン子クラブのお笑いキャラとして愛され、「夕やけニャンニャン」では、持ちネタとしてモノマネを披露していた樹原亜紀。86年には他のメンバ−4人とユニット「ニャンギラス」を結成しますが、翌年にグループ卒業し、フリーライターに転身しています。オランダ人男性と結婚し、現在はロッテルダムで料理人をしながら子育て中だそう。おニャン子クラブの同窓会などには、海外からでも必ず参加しているとか。

 

名越美香 ー1966年

お小遣い稼ぎの短期バイトのような感覚でおニャン子クラブに入ったという名越美香。しかし、その歌唱力はなかなかのもので、おニャン子クラブの中では常にセンター付近に位置していました。派生ユニット「ニャンギラス」でも活躍しますが、86年にはグループ卒業しています。芸能界引退後は念願の海外を留学を果たし、その後は香港人の男性と結婚。現在は香港在住で、スタイリストとして仕事をされているそうです。

 

白石麻子 ー1969年生まれ

 

おニャン子クラブで人気上位だった白石麻子。明るく天真爛漫なキャラクターが受け、ソロ活動はしていなかったものの、国生さゆりの「バレンタイン・キッス」のアンダーガールも務めました。しかし、もともと芸能界に長くいるつもりはなく、おニャン子クラブ解散とともに学業に専念。現在は4人の子供を授かり、ヨガのインストラクターとして活躍する彼女。時々再結成イベントやインタビューに応じています。

 

渡辺満里奈 −1970年

おニャン子クラブの主力メンバーとして人気を博した渡辺満里奈。しかし、本人がアイドル時代をあまり語らないこともあり、若い世代は知らない人も多いかも。明るく好感度の高い性格は、お茶の間だけではなく大御所タレントにもウケがよく、数々の番組で引っ張りだこです。多趣味を活かした執筆業や、ピラティスの火付け役としても知られる彼女。お笑い芸人・名倉潤との間に二人の子供も授かっています。

 

生稲晃子 ー1968年生まれ

生稲晃子といえば、大ヒットシリーズ「キッズ・ウォー」の春子役を思い浮かべる人も多いはず。女優として「暴れん坊将軍」や、「ちい散歩」のMCを長年勤め上げた彼女は、元々はおニャン子クラブ出身のアイドルでした。1986年に加入し、おニャン子から派生したグループ「うしろ髪ひかれ隊」にも抜擢。一時は大学受験のために活動を休止しましたが、人気アイドルとしてグループ解散まで活躍しています。

 

斉藤満喜子 ー1970年

「マッキー」の愛称で呼ばれ、太い眉がチャームポイントだった斉藤満喜子。おニャン子クラブに加入した翌年の87年に、3人組ユニット「うしろ髪ひかれ隊」を結成し、人気を得ます。アイドルとしての活動が卒業になると、「なるほど!ザ・ワールド」などでタレントとして出演。現在は芸能界を引退し、表舞台には一切出てきていません。ちなみに夫は、乳製品のスジャータで知られる名古屋製酪の社長だそうですよ。

 

中山忍 ー1973年

人気アイドルの中山美穂の妹として知られ、その縁で芸能界入りした中山忍ですが、だからこそ「美穂の妹」と言われ続けることを嫌い、アイドルから女優一本に絞ったそう。その甲斐もあり、今では実力派の女優・中山忍としての地位を築き、「2時間サスペンスドラマの女王」とまで呼ばれています。ゴジラとガメラの映画シリーズへの出演でも知られ、1995年の「ガメラ 大怪獣空中決戦」では、各映画賞を総なめにしています。

 

榊原郁恵 ー1959年生まれ

1976年にアイドルデビューし、70・80年代を代表するトップアイドルの地位を築いた榊原郁恵。ドラマやCMの出演が相次ぎ、歌手としても紅白歌合戦に6回連続出場。7年間主演を演じたミュージカル「ピーターパン」では、ゴールデン・アロー賞大賞を受賞。アイドル時代にいくつもの記録を作り上げました。現在は親しみやすい主婦タレントとしてテレビ番組で活躍し、渡辺徹とのおしどり夫婦ぶりでも知られています。

 

石川秀美 ー1966年生まれ

1981年に行われた、西城秀樹に次ぐアイドルを探すために開催されたオーディショ

ンで、大量の応募者の中から選ばれた石川秀美。翌年に歌手デビューを果たし、「花の82年組」に名を連ねます。しかし、何度も交際をキャッチされることがあった薬丸裕英との授かり婚で、1990年に芸能界を引退。現在は3男2女の子宝に恵まれ、家族仲は円満の様子。現在はジュエリー制作のため、ハワイに住んでいるそうですよ。

 

原田知世 ー1967年生まれ

14歳の時に芸能界入りした原田知世は、映画初出演の「時をかける少女」で日本アカデミー賞を始めとする各映画賞を獲得。実力・人気を兼ね添えた若手女優として、主演映画に次々と出演しました。年を重ねても、透明感のある可愛らしいイメージの彼女ですが、近年はさらに様々な役を演じ分けるベテラン女優です。歌手としての活躍も目覚ましく、国内外問わず多くのミュージシャンと共に色々なジャンルに挑戦しています。

 

工藤夕貴 ー1971年生まれ

工藤夕貴といえば、ハリウッドで活躍する日本人女優としてのイメージが強いですよね。実は、CMでお茶の間の人気者になり、俳優・アイドル歌手として日本で活躍していた若かりし頃の彼女。しかし、16歳の時にハリウッドを夢見て日本を飛び出し、体当たりで居場所を掴みました。ところが、2018年に久々に日本のドラマに出演し、ファンを驚かせた工藤さん。現在は日本を活動拠点にし、農家と女優業を兼業しているそうです。

 

浅香唯 ー1969年生まれ

アイドル歌手としてデビューした翌年の1986年に、「スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇」の主役・三代目麻宮サキ役でトップアイドルの仲間入りをした浅香唯。その人気は驚くべきもので、ありとあらゆるメディアに出演し、日本一忙しいアイドルと評されました。2002年にはアイドル時代から交際していたドラマーの男性と入籍。音楽活動も定期的に行われていますが、近年は明るく可愛いママタレとしても人気です。

 

杉浦幸 ー1969年生まれ

1985年にグラビア雑誌の「第一回ミスモモコクラブ」で受賞し、西村知美・島田奈美とともに「桃組三人娘」と呼ばれた杉浦幸。ドラマ「ヤヌスの鏡」「このこ誰の子?」で大ブレイクし、ファーストシングルでも大ヒットを記録しました。しか

し、典型的なアイドルのぶりっ子を嫌い、きつい言動で毒舌アイドルと呼ばれたことも。ホリプロ退所後は、趣味だった麻雀で女流棋士として活躍しています。

 

後藤久美子 ー1974年生まれ

その圧倒的な美貌から「国民的美少女」として一世を風靡し、「ゴクミ」の愛称で親しまれた後藤久美子。1986年に「テレビの国のアリス」で女優デビューし、ゴールデン・アロー賞新人賞受賞。「男はつらいよ」シリーズの出演でも有名です。1995年にF1ドライバーのジャン・アレジと交際を開始し、翌年に彼と渡仏しました。現在は時々CMや雑誌モデルとして見かけるくらいですが、その魅力は衰えることを知りません。

 

いとうまい子 ー1964年生まれ

82年の第一回ミスマガジングランプリを獲得したいとうまい子は、翌年にアイドル歌手デビュー。しかし、元々は女優志望だった彼女は、84年の大ヒットドラマ「不良少女と呼ばれて」で主演を演じ、アイドルのイメージを一新させました。今でも清純派女優として人気のある彼女ですが、45歳の時に早稲田大学の学生となり、現在はロボット工学及び遺伝子の研究者としても活躍するかっこいい女性でもあります。

 

荻野目洋子 ー1968年生まれ

1985年にリリースした自身最大のヒット曲「ダンシング・ヒーロー」で、2014年のデビュ−30周年の節目に再ブレイクした荻野目洋子。この曲が使われたバブリーダンスは社会現象にもなりました。元は子役として活動していた彼女ですが、この曲で80年代を代表するトップアイドルに。アイドルの形にとらわれない音楽活動を行っていて、紅白歌合戦や、日本レコード大賞金賞の常連でもあります。

 

岡田有希子 ー1967年生まれ

「ユッコ」の愛称で親しまれ、「ポスト松田聖子」として期待されていた岡田有希子。1983年にアイドルデビューし、取材、音楽番組、イベントに引っ張りだこで、驚くほど多忙な芸能生活を送っていた彼女。その甲斐もあってか、その年の新人賞は総ナメにしています。2年目以降もアイドル歌手、女優として飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍しますが、1986年にたった18歳で突然自殺。ファンからの献花は今でも続いているそうです。

 

藍田美豊 ー1969年生まれ

3人組アイドルユニット「少女隊」のメンバーとして、1984年にデビューした「ミホ」こと藍田美豊。数年間のグループ活動が終了後は、芸能界を引退。以降表舞台にはほとんど出ていなかった彼女ですが、ここ最近は人気モデル・入夏の母としてメディアに出ることも。彼女自身がモデルのようなスタイルとエキゾチックな美貌の持ち主だったこともあり、納得ですね。今でも3人の子供を育てたとは思えない美しさです。

 

安原麗子 ー1969年生まれ

1984年にデビューしたアイドルグループ「少女隊」のメンバーで、ファンにはレイコの愛称で呼ばれていた安原麗子。デビューから海外レコーディングに挑戦し、アーティスト路線を目指したところイマイチだったため、アイドル路線へ変更。すると国内外で大ブレイクを果たします。少女隊解散後は、海外ドラマの吹き替えや、アニメの声優に転身。アニメ「フルーツバスケット」の花島咲役でも知られています。

 

市川三恵子 ー1969生まれ

1983年に結成されたアイドルユニット「少女隊」の初期メンバーだった市川三恵子。山口百恵のプロデュースを手掛けた都倉俊一が担当したアルバム「少女隊Phoon」や、デビューシングルの「Forever〜ギンガムチェックstoru〜」に参加。

しかし、デビュー1周年で、椎間板ヘルニアのため脱退を余儀なくされてしまいます。少女隊のメンバーが集結した2回の再結成イベントにはいずれも参加し、ファンを盛り上げました。

 

引田智子 ー1972年

マジシャンの初代引田天功を父に持ち、子役として活動していた引田智子。「少女隊」のチーコが脱退した際に、代わりにメンバー入りしました。国内外両方で活動し、特にアジアでの支持が高かった少女隊。熱狂的なファンも多く、東南アジアツアーや、ソウル五輪のために製作されたシングル「Korea」でも大成功を収めています。結婚を機に芸能界からは引退しており、美容関係の会社経営をされているそうです。

 

久留龍子 ー1964年生まれ

ラサール石井のプロデュースでデビューしたお笑いガールズグループ「チャイルズ」。「りん」の愛称で知られる久留龍子(別芸名:衣笠りん)は、そのうちの一人でした。お昼の人気番組「笑っていいとも!」では、1987年から約1年半、5代目のいいとも少女隊として活躍。1988年には「恋は魚河岸のごとく」でレコードデビューも果たしています。グループ解散後も、芸能活動を続けているという噂です。

 

小泉今日子 ー1966年生まれ

1982年にデビューし、国民的アイドルとして数々の記録と受賞歴を叩き出したキョンキョンこと小泉今日子。エッジの効いたスタイルを好み、当時のアイドルとしては珍しいショートヘアもとてもオシャレでした。2000年以降は主に女優業へ力を入れてきた彼女は、映画「トウキョウソナタ」、連続テレビ小説「あまちゃん」など、数々の名作で見事な演技を見せ、実力派女優としても高い評価を受けています。

 

茂原裕子 ー1967年生まれ

「劇団七曜日」の劇団員3人で結成したお笑いアイドルユニット「チャイルズ」のメンバー、茂原裕子。5代目のいいとも少女隊として、「森田一義アワー 笑っていいとも!」にレギュラー出演もしており、覚えている人もいるのではないでしょうか?レコードデビュー及びアルバムリリースもしましたが、1992年には解散しています。個人で演劇の世界で活動を続けていたようですが、現在は引退しているとのことです。

 

島崎和歌子 ー1973年生まれ

「オールスター感謝祭」のMCを長年務め、知名度を上げた島崎和歌子。姉さんと呼ばれることも多く、大酒飲みでさっぱりとしたキャラクターがお茶の間に愛され、「櫻井・有吉THE夜会」や、「ほんまでっか!?TV」など、数々のバラエティ番組で活躍しています。そんな彼女ですが、実はアイドルだった80年代。子供達

に人気だった「魔法少女ちゅうかないないぱ!」のヒロイン役や、歌手としても活動していました。

 

宮崎美子 ー1958年生まれ

熊本大学在学時、雑誌の表紙を飾ったことが縁で芸能界に入った宮崎美子。その頃から才色兼備女子大生タレントとして取り上げられることが多かったそう。その頃からクイズ番組に出演し始め、今では「クイズの女王」と称され、頭脳系のバラエティでは欠かせない存在です。現在も女優として多くの作品に出演する彼女ですが、2020年に挑戦したビキニ姿での撮影では、60代と思えないスタイルで世間を驚愕させました。

 

堀江しのぶ ー1965年生まれ

1984年にデビュー。イエローキャブの野田義治氏にプロデュースされ、巨乳ブームの先駆けとしてブレイクした堀江しのぶ。見事なスタイルだけでなく、大物芸能人にも物怖じしない明るい性格が人気の理由でした。女優として「真田太平記」など多くのドラマに出演し、「ザ・テレビ演芸」では横山やすしと見事に司会を務めました。しかし、1988年に23歳の若さで、スキルス性胃がんのため亡くなってしまいます。

 

かとうれいこ ー1969年生まれ

グラビア界のレジェントとして、爆発的な人気を集めたかとうれいこ。その迫力のあるスタイルでファンを魅了しました。90年に「クラリオンガール」のコンテストで勝ち抜くと、歌手や女優としても活躍の場を広げます。代表作はNHKの大河ドラマ「八代将軍吉宗」など。2001年にプロゴルファーの横尾要と結婚し、表舞台から姿を消しましたが、2011年からテレビやラジオ番組出演で、芸能活動を再開しているようです。

 

西村知美 ー1970年生まれ

アラフィフを迎えても、アイドル時代からの可愛らしさはそのままの西村知美。「ミス・モモコクラブ」を勝ち抜き、第一回優勝者として86年にアイドルデビューした彼女は、「わたし・ドリーミング」で日本レコード大賞で新人賞を獲得。一気にトップアイドルの仲間入りを果たしました。現在はタレント・女優として活躍する傍ら、様々なジャンルの資格を大量に取得している資格マニアとしても知られています。

 

中村由真 ー1970年生まれ

1987年に、大人気シリーズ「スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇」で主演の風間3姉妹の次女役を務め、人気アイドルとなった中村由真。TBSの昼ドラ「幼稚園ゲーム2〜社宅編」では単独初主演にも抜擢されています。35歳の時にロサンゼルスに留学し、そこで出会ったアメリカ人の男性との間に娘を授かり、国際結婚。スケバン刑事三姉妹の再結成コンサートの際には、アメリカから一時帰国して参加しました。

 

酒井法子 ー1971年生まれ

のりぴーの愛称で知られ、「星の金貨」や「ひとつ屋根の下」など、多くの大ヒット作で主演を務めた酒井法子。「星の金貨」の主題歌「碧いうさぎ」はミリオンセラーを記録し、NHK紅白歌合戦にも出場。日本近隣のアジアの国々での人気も突出しており、特に台湾では多くの熱狂的なファンが存在しています。2009年から芸能活動中止していましたが、2012年に活動再開を発表し、コンサート開催やドラマ出演を行っています。

 

立花理佐 ー1971年生まれ

で優勝し、数々のCM出演で知名度を上げた立花理佐。彼女のブレイクのきっかけは、主役を演じたドラマ「毎度おさわがせしますⅢ」。体を張った演技が好評を得て、ドラマのヒットとともに知名度も上がりました。その年に日本レコード大賞で最優秀新人賞も獲得しています。2000年に一般男性と結婚し息子を授かった彼女は、現在バラエティ番組出演や舞台女優として活動しています。

 

石田ひかり ー1972年生まれ

80年代、90年代にトレンディ女優として、トップクラスの人気だった石田ひかり。代表作は名作「あすなろ白書」や、朝の連続テレビ小説「ひらり」など。アイドル歌手としてヒットに恵まれませんでしたが、女優としては国民的人気を誇り、紅白歌合戦の司会にも抜擢されました。結婚・出産を機に、家族優先で女優生活を休業していましたが、近年芸能界に復帰。人気ドラマで次々と活躍しています。

 

森高千里 ー1969年生まれ

大ヒット曲「私がオバさんになっても」で有名な歌手の森高千里。「古今東西」な

ど、自ら手がけた歌詞のセンスが高く評価され、以降ほとんどの作詞は彼女の手によるものです。コンサートでは自らギターやピアノなどの楽器演奏にも参加し、アイドル歌手からミュージシャンへと移行していきます。1999年に俳優・江口洋介と結婚し育児に専念した後は、再び楽曲制作、ライブ活動を行い、衰えない魅力を見せています。

 

鈴木早智子 ー1969年生まれ

人気アイドルディオ「Wink」の一人、鈴木早智子。1988年にデビューし、「愛が止まらない〜Turn it into love」でブレイクすると、「淋しい熱帯魚」で「第31回日本レコード大賞」大賞を獲得。儚げな雰囲気で無表情に歌う姿が、従来のアイドルとは違った魅力を醸し出し、ファンの心をつかみました。Winkの活動が中止になると、個人で歌手やタレント活動を継続。今も時々、Wink一夜限りの復活イベントなどが行われています。

 

相田翔子 ー1970年生まれ

1988年から8年間、鈴木早智子と組んで活躍した「Wink」の相田翔子。96年からソロデビューし、Wink活動休止後は本格的に作詞作曲を含めたアーティストとしての活動に力を入れますが、成功には結びつかず。そんな時に出演した「世界ウルルン滞在記」で高評価を受け、MCに抜擢されます。天然な性格と穏やかな雰囲気が受け、現在まで多くの番組でタレント・女優として活躍。私生活では2008年に結婚しています。

 

田中律子 ー1971年生まれ

百貨店でスカウトされ、1984年に「セブンティーン」のモデルとしてデビューした田中律子。連続ドラマ「愛しあってるかい!」をきっかけに、女優として本格的に活動を始めた彼女は、トレンディ女優として人気を博します。「王様のブランチ」のレギュラーにも起用され、そこからバラエティでも活躍。私生活では娘を授かり、ダイビングのインストラクターの資格も取得。環境問題に取り組む活動も行っています。

 

田村英里子 ー1973年生まれ

ハリウッドでの活躍を目指して2000年に渡米し、2007年スタートのドラマ「HEROES」出演で大きな話題になった田村英里子。現在は日米両国を股にかけながらキャリアを積み上げていますが、それ以前の日本の芸能界では、アイドルとし

て活動していました。自身をモデルにしたアニメの「アイドル伝説えり子」の世界的ヒットを皮切りに歌手や女優として活躍。大河ドラマ「秀吉」ではガラシャ役を演じています。

 

宮前真樹 −1973年生まれ

フジテレビの番組「パラダイスGoGo!!」内から誕生したアイドルグループ「CoCo」のメンバー、「まきぽー」こと宮前真樹。爽やかなショートヘアがトレードマークで、CoCoの中心的存在でした。グループ解散後はしばらくソロでライブを中心に活動しますが、2004年に芸能活動休止。ル・コルドンブルーで学び、卒業後は料理研究家、食育のエキスパートとして精力的に活動しています。2018年には写真家の荻庭桂太氏との結婚も発表。

 

羽田恵理香 ー1973年生まれ

フジテレビ「パラダイスGoGo!!」乙女塾の一期生で、アイドルグループ「CoCo」の羽田恵理香。メンバー内からはボケ担当として親しまれていました。日本武道館でのコンサートも成功するほどの人気でしたが、残念ながら解散し、その後はバラエティ番組への出演が増加。「電波少年」の海外ロケではアイドルとは思えないような撮影にも挑戦しています。現在は芸能活動の傍ら、不動産関係の仕事もしているそうです。

 

大野幹代 −1974年生まれ

1989年にCDデビューしたアイドルグループ「CoCo」の最年少メンバーとして活躍した大野幹代。デビュー前は、「全日本美少女コンテスト」で本選に残ったことをきっかけに、アイドル雑誌の専属モデルとして活動していました。94年にグループ解散すると、ソロで歌手・女優として活動し、バンド「LOVE TRACE」でボーカルも努めました。2002年に自身の所属する事務所社長と結婚し、翌年の息子誕生を機に芸能活動を中止しています。

 

三浦理恵子 ー1973年生まれ

5人組アイドルグループ「CoCo」でアイドルデビューし、ぶりっ子キャラで通っていた三浦理恵子。グループ解散しソロ活動開始後は、朝ドラ「風のハルカ」などの出演で、女優としての知名度が上昇しました。40代に入った今は、大人の色香を滲み出しながらも透明感あふれる美しさを持つ彼女。「白い巨塔」や「特命係長只野仁」など、全く違う作品で見事に役を演じています。私生活では2015年に再婚を発表しました。

 

瀬能あづさ ー1973年生まれ

 

1989年にデビューしたアイドルグループ、「CoCo」のセンターやソロパートを担っていた瀬能あづさ。歌の実力は突出したものがあり、ソロとしても早々にデビューを果たします。THE ALFEEの高見沢俊彦にその才能を買われ、グループ解散後は高見沢のプロデュースでアルバムを作成しています。野球選手の石井琢朗との婚約と同時に引退を発表。しかし、2004年にセミヌード写真集を発売しています。

 

宮沢りえ −1973年生まれ

凄みのある圧巻の演技力と、エキゾチックな美貌で日本を代表する女優になりつつある宮沢りえ。「紙の月」、「たそがれ清兵衛」を始めとする多くの名作映画やドラマに出演し、女優賞を総ナメにしています。子供の時からモデルとして活動し、10代にはトップアイドルとして活躍。91年に発売したヘアヌード写真集「Santa Fe」は、爆発的な売上を記録しました。娘が一人いるほか、2018年にはV6の森田剛と再婚しています。

 

永作博美 ー1970年生まれ

1988年に3人組アイドルユニット「ribbon」を結成しデビューした永作博美。女優デビュー作「陽の当たる場所」では数々の賞を受賞し、実力派女優としての道を歩み始めます。体当たりの演技で全く違う顔を見せた「八日目の蝉」では、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を獲得。「夫婦フーフー日記」や「さいはてにて」など、コメディからシリアスな作品まで幅広く演じています。2009年に結婚し、二人の子供がいるようです。

 

松野有里已 ー1973年生まれ

フジテレビの番組「パラダイスGoGo!!」から生まれたアイドルグループ「ribbon」のメンバー松野有里已。アイドルが売れない時代でしたが、歌唱力に優れ、コントも行う魅力的な彼女たちは、順調に人気を獲得していきました。1995年にグループが活動終了すると、個人で芸能活動を継続。しかし、1998年に結婚を機に活動休止しました。現在はスポーツインストラクターとして、エアロビなどの教室で働いているそうです。

 

佐藤愛子 ー1973年生まれ

フジテレビ主催のタレント育成講座・乙女塾3期生の佐藤愛子。同じく乙女塾出身の永作博美・松野有里已とアイドルユニット「ribbon」を結成し、1989年にデビューします。美人ながらもボーイッシュな性格のギャップが人気だった、メンバー最年少の彼女。グループの活動がなくなり事実上解散になると、女優業で活動を続けますが、程なくして完全に芸能界から引退しています。今もribbonのメンバーと連絡は取り合ってるとのこと。

 

菊池桃子 ー1968年生まれ

透明感のある愛らしいルックスで多くの男性ファンを魅了し、80年代を代表するトップアイドルとなった菊池桃子。85年に開催されたコンサートでは記録的な観客動員数を打ち立て、入場不可だったファンは1万人を超えたそう。多くの記録を打ち立て、歌手・女優として華々しく活躍する彼女ですが、2012年に大学院を卒業し、現在は教育とキャリア問題について研究・活動しています。私生活では二児の母でもあります。

 

浜田朱里 −1962年生まれ

松田聖子の同期で親友だった浜田朱里は、「さよなら好き」で歌手デビュー。しかし、同期に売れっ子のライバルが多く、歌手としての成功は難しいものがありました。そこで女優・バラエティに活動の場を移行していき、「水戸黄門」や「大岡越前」などの時代劇に出演。そんな中、1990年にヌード写真集を発売し大きな話題になりました。1995年には出産・育児のため芸能界を引退しています。

 

南野陽子 ー1967年生まれ

大人気ドラマシリーズ「スケバン刑事Ⅱ 少女鉄仮面伝説」の二代目ヒロイン役で一気にスターダムへのし上がった南野陽子。80年代トップアイドルの一人として「アイドル四天王」と呼ばれています。卒業式や成人式で着る袴スタイルを広めたのも、映画「はいからさんが通る」で主演を演じた彼女でした。ここ数年は定期的にコンサートを開くほかに、「西郷どん」や「半沢直樹」にも出演し存在感を放っています。

 

薬師丸ひろ子 ー1964年生まれ

女優・薬師丸ひろ子のデビュー作は、1978年に高倉健と共演した映画「野生の証明」でした。1981年には記録的な大ヒットとなった「セーラー服と機関銃」の主役で人気を決定づけます。玉置浩二との結婚期間は芸能界から離れていましたが、97

年から再び女優として映画・ドラマの世界で活躍。「1リットルの涙」、朝ドラ「あまちゃん」「エール」などの作品に出演し、日本を代表する実力派女優として評価されています。

 

中山美穂 ー1970年生まれ

「ミポリン」の愛称で親しまれ、トップアイドルとして確固たる地位を築いた中山美穂。「世界中の誰よりもきっと」や「ただ泣きたくなるの」ではミリオンセールスを記録し、映画「Love Letter」では各映画祭で賞を受賞するなど、歌手・女優として他の追随を許さない活躍ぶりでした。2002年に作家・辻仁成との結婚と同時にフランスに移住しますが、35周年を記念して歌手活動への復帰発表でファンを喜ばせています。

 

渡辺美奈代 ー1969年生まれ

85年におニャン子クラブの一員としてデビューした渡辺美奈代。ソロ活動をスタートさせると、デビューシングルから5枚連続でオリコン1位を獲得するという人気ぶりでした。明るく物怖じしない性格で、「ドリフ大爆笑」などのコント番組でもレギュラーとして活躍。現在はママタレとして活動すると同時に、ネイルサロンを経営しているそう。息子二人も芸能界入りしており、今後の活躍が楽しみですね。

 

柏原芳恵 ー1965年生まれ

1979年、日本テレビの「スター誕生!」合格をきっかけにアイドル歌手デビューした柏原芳恵。81年に大ヒット曲「ハロー・グッバイ」をリリースすると、その年の日本レコード大賞ゴールデン・アイドル賞も獲得。瞬く間にスターの階段を駆け上がりました。トップテン入りした楽曲は数知れず、紅白歌合戦にも2回出場。80年代後半には女優・グラビアでも活動しますが、現在は歌手としての活動に力を入れているよ

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